ANA国内線【PR】

山本モナは今いずこ

下は二年前の記事です。
さて、モナさんは今どうしているのでしょうね。

民主党議員との不倫降板からフジテレビの新情報番組「サキヨミ」(日曜後10・00)でキャスター復帰した山本モナ(32)が、またも“不倫騒動”を起こした。相手は巨人軍の二岡智宏(32)で、昨年6月に長男が誕生した妻子ある身。2人は、モナが復帰した当日深夜に都内のラブホテルへ。フジは復帰当日にスキャンダルを起こしたことを問題視しており、降板は確定的。番組のリニューアルまで検討しており、10日にも処分を発表する。


モナと浮き名を流した細野議員も二岡選手もスキャンダルから立ち直って活躍中。
男を見る目はあったということなのでしょうか。


広島県尾道市出身。実家は旅館を経営している。福山暁の星女子高校、学習院大学法学部法学科卒業。現在は「英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA(日本語)プログラム」に在学しながらタレント活動をしている。

母は日本人、父親は三光汽船で外国航路に乗ったノルウェー人航海士。モナが小学校4年の時に三光汽船が倒産したため、父親は解雇されノルウェーに帰国、それ以降1度も会うことなく既に他界しているという[2]。

名前の「モナ」の由来は祖父母の名前のイニシャルがMであり、両親がMから始まる名前を考えていたところ「モニカ」が候補に挙がったが、祖母から「もっと日本っぽい名前に」との意見から却下され、日本人の名前の響きに近い「モナ」になった。ちなみにアラビア語では「希望の星」の意味がある[3]。

* 1982年 - 6歳の時に日本へ帰化(帰化前の本名はモナ・ヘグダル)。
* 1996年 - 「ミスハリー・ウィンストン」グランプリを受賞
* 1998年 - 学習院大学法学部法学科卒業後、朝日放送入社。同期入社のアナウンサーは上田剛彦。
* 2001年 - 報道局に異動、アナウンス部兼務となる。
* 2004年10月 - アナウンス部に復帰。『ムーブ!』の立ち上げにニュースキャスターとして携わる。
* 2005年4月1日 - 『ムーブ!』を降板。
* 2005年6月、朝日放送を退社しフリーとなる。オフィス北野に所属。
* 2005年7月13日・14日の『BATTLE TALK RADIO アクセス』(TBSラジオ)の代打出演が退社後の初仕事。『ムーブ!』で共演した評論家宮崎哲弥の紹介による。
* 2005年8月6日 - 『たかじんのそこまで言って委員会(SP)』で、朝日放送時代の上司で先輩の宮根誠司と共演。
* 2006年1月9日 - 『BATTLE TALK RADIO アクセス』月~木レギュラーナビゲーター。「安倍政権? 絶対駄目ですよ」「民主党への政権交代が必要なんです」など積極的に意見を述べていた。
* 2006年9月 - 『筑紫哲也 NEWS23』(TBSテレビ)のキャスターに膳場貴子とともに抜擢されるが、2006年(平成18年)10月13日号の写真週刊誌『フライデー』見開きトップに民主党政調会長代理(当時)の衆議院議員・細野豪志と東京都港区南青山での『不倫スクープ写真』(細野自身は妻子持ち)が掲載された。なお、フライデー掲載後は『体調不良』を理由に10 月2日から『NEWS23』の出演を休み、10月23日付けで降板。番組出演は5日間だった。
* 2007 年1月1日、11年ぶりに復活した日本テレビの『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』でテレビに復帰。スイカのかぶりものをして司会を務める(ただし、同番組の収録現場と中継を行った『ラジかるッ』で既に姿を見せていた)。これを機に活躍の場をバラエティにシフトし始める。
* 2007年1月16日 - 約4か月ぶりに自身のブログ『もなろ~ぐ』を更新し、「私のいたらなさから、去年は大変お騒がせしてしまって…、本当に申し訳ありませんでした。今年は、反省の上に立って、(中略)何かを見つけられる年になれるよう頑張っていきます」とファンに詫びた。
* 2007年12月16日 - 同月29日放送の関西ローカル報道番組『環境スペシャル 異変列島ここが危ない!』収録で退社後初めて朝日放送に足を運んだ。但し、ABC制作の『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』にはその前に出演している。
* 2008 年7月6日から放送開始のフジテレビ系情報番組『サキヨミ』でキャスターに復帰するも、その直後に7 月10日発売の女性週刊誌『女性セブン』にて、同郷広島県備後地方出身であるプロ野球・読売ジャイアンツ(当時。現:北海道日本ハムファイターズ)の二岡智宏内野手との東京都品川区五反田のラブホテル街を出入した「不倫デート写真」(二岡自身も妻子持ち)が掲載された。これがきっかけで『サキヨミ LIVE』は1回のみの出演となり、またも不倫が原因で降板となった。奇しくも番組ポスターや番宣CMでモナ自身が「私は、私に、リベンジするの。」と前回の『筑紫哲也 NEWS23』での不祥事を意識したキャッチコピーが使われていた。

この件を理由に、同日からテレビ・ラジオ出演を無期限で自粛・謹慎することが所属事務所によって発表された[4]。なお、この直後の7月14日に放送された『ネプリーグ』(収録は6月)に出演していたが、放送後フジテレビに抗議の電話が殺到した[5]。

* 2008年12月25日 - オフィス北野が年末の12月31日をもって山本の謹慎を解くことを明らかにした。
* 2009 年1月20日 - 『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(文化放送)にてメディア再復帰。聴取者からは8割の支持を得て好意的に迎えられた。